戦国クイズ 上級 人物編
戦国時代のクイズ 上級 人物編 (第41問から第50問)を掲載。
戦国時代における大名や武将など、「詳しい人のみぞ知る」と思う人物をクイズにしております。
戦国クイズ 上級 人物編 第41問
織田信長の三男。
1583年、羽柴秀吉に反旗を翻し岐阜城で挙兵。
織田信雄軍に岐阜城を包囲され、降伏後自害させられた武将は誰?
答え : 織田信孝(おだのぶたか)
〇もう少し詳しく解説
神戸家の養子となったため、神戸信孝(かんべのぶたか)ともよばれている。
織田信雄の命令によって信孝は自害させられたが、秀吉の内意があった可能性があると言われている。
戦国クイズ 上級 人物編 第42問
豊臣秀吉の正室は誰?
答え : 高台院(こうだいいん)
〇もう少し詳しく解説
北政所(きたのまんどころ)という通称で知られている。
秀吉の書状には、「ねね」や「おね」とよばれていることがある。
戦国時代では珍しい恋愛結婚であった。
正妻として羽柴家の家政をとりしきり、秀吉の死後は淀殿と連携して豊臣秀頼の後見にあたった。
戦国クイズ 上級 人物編 第43問
毛利元就の隠居により、家督を相続して毛利家の第13代当主となった人物は誰?
答え : 毛利隆元(もうりたかもと)
〇もう少し詳しく解説
毛利元就の嫡男。
家督を相続したが、その後も実権を握っていた父元就より8年先立って死去。
隆元自ら毛利家当主として実権を握ることはなかったが、内政手腕によって父の勢力拡大を支えた。
戦国クイズ 上級 人物編 第44問
真田昌幸の長男。
関ヶ原の戦いにおいて、父の真田昌幸と弟の信繁は石田三成の西軍についたのに対して、徳川家康らの東軍に参加した人物は誰?
答え : 真田信之、信幸(さなだのぶゆき)
〇もう少し詳しく解説
親兄弟が分かれて戦うことになった理由は、どちらが勝利しても真田家が存続できるようにしたためといわれています。
東軍が勝利したのち、信幸は父や弟らの助命を嘆願。
西軍に味方した父との決別を表すために、名を信幸から信之に改めています。
戦国クイズ 上級 人物編 第45問
戦国大名六角承禎の重臣、蒲生賢秀の三男。
織田信長に人質となるも寵愛され、信長の娘である冬姫をめとった。
豊臣秀吉からも重用され、会津藩92万石の大名となった人物は誰?
答え : 蒲生氏郷(がもううじさと)
〇もう少し詳しく解説
千利休の弟子であり、利休七哲に数えられる一流の茶人であった。
秀吉は信長が認めた器量人である氏郷を恐れていたといわれています。
会津92万石に移した際、「松島侍従(氏郷)を上方に置いておくわけにはいかぬ」と側近に漏らしたと「名将言行録」に記載があります。
戦国クイズ 上級 人物編 第46問
豊臣秀吉の姉である日秀尼(にっしゅうに)の長男。
豊臣秀吉の子である鶴松が没して世継ぎがいなくなったため、関白の職を譲られて家督を相続した人物は誰?
答え : 豊臣秀次(とよとみひでつぐ)
〇もう少し詳しく解説
家督相続後、秀吉に嫡子である秀頼が誕生した。
そののちに謀反の疑いをかけられて秀次は強制的に出家させられ、高野山青巌寺に蟄居となったのちに切腹となった。
戦国クイズ 上級 人物編 第47問
徳川家康の長男でありながら、織田信長の命により切腹を命じられた人物は誰?
答え : 松平信康(まつだいらのぶやす)
〇もう少し詳しく解説
織田信長の娘である徳姫は信康と結婚。
のちに徳姫は信康と不和になり、姑の築山殿とも折り合いが悪くなった。
徳姫は信長に、「信康と不仲であること。築山殿は武田勝頼と内通」と記された手紙を徳川家の重臣である酒井忠次に託して送った。
信長は手紙の内容を問いただしたところ、忠次は信康の弁明をせず、すべて事実と認めた。
この結果、信長は家康に信康の切腹を要求。
家康はやむをえず、幽閉していた信康に切腹を命じた。
築山殿は護送中に家康の命をうけた家臣に殺害された。
戦国クイズ 上級 人物編 第48問
上杉謙信の家臣。
謙信の関東管領職の就任式の際、斎藤朝信と共に太刀持ちを務めた。
柿崎城や猿毛城の城主を任じられ、戦上手で七手組大将の一人でもある人物は誰?
答え : 柿崎景家(かきざきかげいえ)
〇もう少し詳しく解説
「謙信軍記・上杉二十五将」収録の「上杉将士書上」に、
謙信は「景家に分別があれば、越後七郡に匹敵する者はいない」と評したと明確に書かれているほどの人物であった。
勇将揃いの上杉軍で屈指の戦上手であり、上杉軍の戦いで常に先鋒を務め、その名を聞いただけで敵は逃げ出したともされている。
戦国クイズ 上級 人物編 第49問
従兄弟の朝倉景鏡が織田家に内通して裏切り、最期は自刃した越前の戦国大名は誰?
答え : 朝倉義景(あさくらよしかげ)
〇もう少し詳しく解説
義景の血族の多くは信長の命を受けた丹羽長秀によって殺害されて、戦国大名としての朝倉家は滅亡した。
義景は一乗谷に京都から多数の文化人を招いて一大文化圏を築き上げている。
特に茶道に凝っていたようで、一乗谷からは現在も多くの茶器が出土している。
戦国クイズ 上級 人物編 第50問
織田家の宿老で、織田信長に従って天下統一事業に貢献。
甲州征伐において功績を挙げ、武田家の遺領である上野国と隣接する信濃小県郡や佐久郡を与えられて「関東御取次役」を命じられた人物は誰?
答え : 滝川一益(たきがわかずます、いちます)
〇もう少し詳しく解説
一益は領地よりも、茶器「珠光小茄子 (じゅこうこなす)」を所望したが叶わなかったといわれています。
当時は茶器にそれほどの価値があったことを示すエピソードです。
「関東御取次役」を命じられた一益の任務は、関東八州の鎮撫や東国全域の部将を糾合して上杉家らの敵対勢力に対抗する役割を与えられていた。
一益は「関東管領」と言える役割であった。
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